(※当メルマガにしては長くなったので、少しずつ読んでくださいましたら)
2月に韓国ソウルで書店めぐりをしたので、遅ればせながらその報告。
学生の頃から韓国には縁があって何度も通っていたのだが、気がついたら9年も行ってなかった。就職して国内の面白いことあれこれに目移りしている間に、結婚したり、仕事で海外赴任が決まったりして、足が遠のいていた。やっと帰国したらコロナだし。ただ、海外赴任中はロサンゼルスのコリアタウンに住んでいたので、広い意味での「韓国」はものすごい身近、というかどっぷりその中に浸っていて、9年も時間が空いていた実感はない。
今回は家族がソウルで用事があるのに乗っかって、久しぶりに渡韓できることにななった。入国制限が緩和されたのもありがたかった。
もともと、近年韓国の本屋業界に面白い動きがあるとは伝え聞いていた。あらためて調べてみると、ちょうど私が韓国を離れていた時期に重なるように、新しいタイプの書店が次々に開業したとのこと。たしかに私が知っている2010年代初頭のソウルで、そんなにイケてる本屋というのは記憶がなく、本屋といえば紀伊國屋書店的な大型チェーンの寡占状態だったように思う。小さな「街の本屋」はそのころ壊滅状態だったらしい。リトルプレスを扱うパイオニアが3軒ほど誕生していたらしいが、日本語圏にはほとんど知られていなかったと思う。
せっかくなので予習をしなきゃと思って、出発前に読んだのは次の2冊。
内沼晋太郎、綾女欣伸編著『本の未来を探す旅 ソウル』朝日出版社(2017)
ハン・ミファ著、渡辺麻土香訳『韓国の「街の本屋」の生存研究』クオン(2022)
前者は「ソウルの本屋が熱いらしい」と聞いて現地で取材して回ったルポ。隣国でこんなことが起きているとは、という新鮮な興奮が紙面に満ちている。
後者は現地のジャーナリストの立場から、ここ15年の動向を整理・論評したものだ。出版時期がコロナ禍にかかり、本屋の危機的状況を反映してタイトルに「生存」を入れたという。読んでみると、著者の問題意識が全体に生硬だと感じたものの、情報源としては非常に貴重。端的に状況を理解することができて助かった。
これら参考書でいい感じに期待感を高めて乗り込んだら、すこぶる楽しく旅行することができた。ツアー全体の総評はあとにして、とりあえず回った順にお店を駆け足でご紹介。
■THANKS BOOKS
セレクト書店のはしりとして必ず名の挙がる店。2011年にソウルの流行発信地ホンデで開業。コーヒーが飲めて雑貨も買える書店として人気を集めるが、競合店の台頭を背景に2018年、家賃の安いハプチョンに移転した。現在はドリンクと雑貨の販売をすっぱり切り捨て、本に商材を絞っている。ギャラリー展示やトークイベントは精力的に仕掛けている模様。
前掲『本の未来を探す旅』ではカフェ兼の店舗として取材されていたのに、ほんの数年後に出版された『生存研究』ではカフェをやめた経緯が紹介されている。このめまぐるしい変化のスピードが、傍観者にとっては面白い点であり、経営者にとっては難しい点でもある。
訪れてみると、ショーウインドウから温かい光が漏れている。イラストレーターのチェ・ヨンジュという方の展示がされていて、あまりに猫の絵がかわいいので、新刊だという『モーの話』を購入。
広くはない店内を歩くと、海外文学や雑誌の品揃えもよく、選書センスがびりびり伝わってくるが、押し付けがましくなっていないのは什器や内装の効果かもしれない。素直に、いい本買えそうだなという気分になってくる。
筆者は韓国語が「少し読める」程度なので、タイトルや目次を理解するのも一苦労でもどかしく思いながらも、先の猫の絵本に加えて、グラフィックノベルと画家のZineを購入。一緒に行ってた配偶者(韓国語めっちゃできる)はヤン・ヨンヒ監督の最新刊『カメラを止めて書きます』を買っていた。読み終わったら貸してもらおうと思っていたら、クオンがもう今月末に日本語版を出すらしい。速い。
評判通りとても素敵な本屋だった。ツアー初日になんだか幸先がいいぞとわくわくしながら店をあとにした。
■平和市場古書店街
「ソウル 古本屋」でGoogle検索をかけても、あまり情報がヒットしない。実際、古書業界は日本ほど発達していないというのがあとからだんだん分かってくるのだが、この「平和市場」には古書店が多いと観光情報サイトなどで言及されていた。ソウルの街を貫く清渓川沿いの市場ビル1階に、数十軒の小店が並び、歩道に人の背丈ほども本が山積みになっている写真が出てくる。
しかし、スマホの地図を頼りに現地にたどり着いても、ネットで見たような圧倒的な本の山は見えてこない。最盛期の70年代には200軒以上も古本屋があったというが、私が訪れたときに営業していたのは指折り数えられる程度で、ほとんどが電子部品の店やファッション関係の問屋などに置き換わっている感じである。
かろうじて開いている店に近づいてみると、写真のように「ど、どうやって本探すんすか?」と聞きたくなるくらい本が積まれていて、その谷間に店主のおじいさんが尻を落ち着けている。ドアを開けたら即おじいさんと顔を突き合わせる距離感なので、入りにくいことこの上ない。
頑張って外に並べてあった本の中から薬草図鑑を1冊買ったものの、なくなっていく風景の中にいるという感覚は拭えない。「ネット書店との競合で閉店する店が多い」という数年前に書かれたブログ記事などもポツポツあるが、そこからさらにコロナの打撃があり、壊滅状態の度は著しく進んだように見えた。もしかしたら曜日や時間が悪かっただけかもしれないが、他に客もぜんぜんいなかった。次に訪れるときにどうなっているか、心配だ。
■YOUR MIND
2010年に開業した独立出版物(リトルプレス・Zineを引っくるめた用語)を専門に扱う書店。THANKS BOOKSと並んでパイオニアとして名が挙がる。Zineのフェアを主催してものすごい集客をすることで知られる。
ヨニ洞という閑静な住宅街の庭付き一軒家を改装したテナント施設の2階に、鉄階段で上がっていく。人んちに勝手に入っていくような変な感覚がある。
店内にはビジュアルZineがきれいに陳列され、壁はポスター、ポストカード、カレンダーで埋まっている。文具やノート、ステッカー、マグカップなどの雑貨も豊富だ。スペースのざっくり半分は雑貨に割いているように見える。
若い女性が次々に訪れ、スマホでばしゃばしゃ写真を撮っているのが印象的。自分が「本屋」と聞いて思い浮かべるものとはかなり違っていて、「アートショップ」と呼ぶほうがしっくりくるような店だが、かわいいモノ、きれいなモノにあふれていて単純に楽しい。韓国語がわからなくても楽しめる場所だと思う。周りにいい感じのカフェやジュエリーショップなどもあり、エリアとしてこれからもっと人気が出るのではないか。
ここでは水彩の画集と絵葉書を購入。
■古書店「隠れている本」(숨어있느 책)
どこにも紹介されていないが、Google mapで見つけた店。学生街シンチョンの雑居ビル地下にある。
薄暗い店内、天井から床までみっちり詰まった棚、近隣大学の需要に応えるオールジャンルの品揃えなど、今回のツアーで唯一行けた古本屋らしい古本屋。オシャレ要素ゼロで実用に徹した、早稲田や京大前にあっても違和感のない佇まいだ。
積み本で狭くなっている階段を降りて、重いガラス戸を開けると入り口の近くに詩歌コーナーがあり、ここでもう心奪われた。詩は難しいのだけど、字が少ないのでパラパラめくると雰囲気が理解できるような気がして楽しい。金芝河の講演集を皮切りに、数百円の安い詩集をいつのまにか何冊も抜き出している。あんまり難しい比喩のなさそうなものを探しつつ、結局ほとんどジャケ買いである。人文社会系、特に歴史書のコーナーには日本語文献も多いなあと観察したあと、小説コーナーに最近話題の赤染晶子があり、つい購入。どんな人が読んだのだろうか。
今回のツアーで一番エンドルフィン出た店だったかもしれない。ちょっとハングル読める人なら2時間いられる。こういう店をもっと知りたい。
■ピョルマダン図書館
大型ショッピングモールの中にある、インスタ映えする図書館(閲覧のみ)。一時期本好きから総スカンを食らったCCCの武雄市図書館に触発されて作ったということで、まあ「そういう感じ」かなと予想していたら「そういう感じ」だった。インスタ映えすることは間違いない。
文化イベントもよく開かれているようだし、実際棚の本を読んでいる人も3%くらいはいたから一概に批判したもんでもないけれども、やはりここに並んでいる本は、読まれるためのものというよりは、室内装飾の一部だろう。もちろん「通路」「待ち合わせ場所」「休憩所」に背景として本が充満していることは悪ではないし、本の有効な使い方の一つだ。本屋を回っていると言うと、ソウルの(特に本好きではない)友人からは勧められることも多い。
ただ、5年後、10年後にこの場所にこのまま本が置かれているかというと、かなり心もとない。去るも残るも大資本の胸先三寸。
■アラジン中古書店
大手ネット古書店がやっている実店舗チェーン。繁華街のチョンノ店に行ってみたが、掘り出し物のないブックオフという感じだった。ベストセラーとビジネス本が柱なので、旅行者が行ってもあまり面白くないかも。もしかしたら少女時代の往時の円盤とか投げ売りしてないかなという期待があったけどそんなこともなく、CD/DVDはごく最近の限られたタイトルしか売ってなかった。
前に住んでいたロサンゼルスのコリアタウンにもこの支店があり、映画の待ち時間などにたまに冷やかしに行っていたのを思い出した。
■BOOK BY BOOK
いちばん諸行無常を感じてしまった場所。前掲書の中では、下北沢のB&Bにインスパイアされて立ち上げた「ビールも飲める本屋」として盛り上がっている様子が紹介されているのだが、もうその独立の店舗は閉めてしまったみたいで、現在はとある銀行支店の待合室に申し訳程度に本を置かせてもらっているだけになっている。経営環境の厳しさを如実にあらわす光景である。
銀行との提携、と言葉だけ聞けば斬新だけど、「本屋側」の立場からすれば資本に飲み込まれてしまったという印象は否めない。カフェも併設されていて一応コーヒー飲んでる人はいたけど、でもなあ。オフィスビルの銀行の待合でゆっくり本読みたい人いるかね?
■STORAGE BOOK & FILM
2008年オープン、独立出版物を扱う草分け。入れ替わりの激しいソウルの街で15年サバイブしたらもはや「老舗」と言いたくなる。
立地する「解放村(ヘバンチョン)」という地域がまず面白くて、つぶれずに続いているのはこの地域特性もあるのかなと想像する。寒風吹きすさぶ激坂の路地にセンスのいいカフェやなんかが点在しているんだけど、20世紀の歴史を深く刻印された町でもある。もちろん日本も悪い意味でめちゃくちゃ関わっている。
10坪もなさそうな店内にはリトルプレスがたくさん平積みされていて、表紙がよく見える。さすがにここまで何軒も回っていると目が慣れてきて、「あ、これあの店にもあった」みたいな感覚が芽生えている。他店にないものを探していたら、この店で出版しているペーパーバックのエッセイシリーズが目について、2冊ほど購入。まえがきあとがきを読むと、どうやらプロの書き手によるものではなさそう。壁の張り紙でライティングのワークショップや読書会をやっていると案内が出ていたので、そういうところから継続的に書き手を発掘しているのかもしれない。
簡素な什器も含めて、強いDIY精神が見受けられ、非常に好もしく思った。どんな都市にも、こういう小さな場所があることで救われる種類の人間がいるはず。
■永豊文庫(ヨンプンムンゴ)
最後のダメ押しで立ち寄った大型新刊書店。大型店には大型店の良さがある。その社会で求められる知識の全体像を見る楽しみは、零細独立書店では得られないものだ。
このときは小規模出版社のフェアをやっていて、なかなか面白かった。あと前の月に封切られたスラムダンクの新しい映画に合わせて、スラムダンクのコミックスも大展開。購入したのは伝統茶のレシピ本、テレビの歌番組をテーマにした詩人のエッセイ、それに高校の歴史教科書。
私がソウルに初めて来たのは2007年で、実はそのときもこの店に来ている(別支店だったかも)。当時はようやくハングルのあいうえおが読めるようになったくらいで、韓国の出版事情はまったくわからなかったのだが、異様な日本語書籍の多さは印象に残っている。並んでいる本の4割くらい日本の本なんじゃないかというくらい。「こんなに日本が好かれている!」と舞い上がってもよかったかもしれないが、そのときの私はむしろ「これ、あんまり良くないんじゃないの…」と思った。日本の本屋には韓国の本なんかほとんど置いてなかったからだ。
今は2007年と比べて、ずいぶん日本の作家のコーナーは小さくなったように見える。日本への関心が相対的に縮小したことと、韓国の書き手の層が厚くなったことと、両方が関係していると思うが、全体として健全な変化だと思う。
反対に日本では関係者の努力あって、韓国文学が俄然翻訳されるようになり、ベストセラーもばんばん出ている。こうなるといいのになあと願った未来である。
ふう。駆け足で箇条書きくらいにするつもりが5000字超えてしまった。ここからまとめを書くとえらいことになるので、いったんお店紹介だけで送信します。
続く、かも。
your mind行ってみよーか。楽しそう。
前に比べて和書が少なくなったという点は興味深い。確かに周りに吉本バナナ、村上春樹、江國香織を読む人がいなくなった気がする。